アンケート式自分史「昭和と私」本文一部抜粋



“昭和と私”斜め写真

以下は本文第1部〜第3部の一部抜粋です。
自分史に興味をお持ちの 50代以上の方に
このページをプリントアウトして お見せいただければ幸いです。
《Copyright by Remember Japan Ltd.》



  

第1部 幼少年時代
  
  
●小学生当時の遊び(男子・屋外)
  
  □陣取り     □鬼ごっこ    □かくれんぼ    □チャンバラ    □戦争ごっこ
  □三角ベース  □駆逐水雷    □相撲        □メンコ       □ビー玉
  □ベーゴマ    □竹馬       □凧上げ      □コマ回し      □ゲタ取り
  □トンボ採り   □模型飛行機  □ドッジボール   □落書き
  □その他:________________________________
  ____________________________________
  ____________________________________
  
  
●小遣いの使途
  
  □駄菓子屋:メンコ・ベーゴマ・キャラメル・変わり玉・ラムネ・ドリコノ・当てもの・ガチャン
          プロマイド・その他:_______________________
  □おでん屋    □しんこ細工屋    □飴細工屋    □シューマイ屋
  □ベッコウ飴屋  □紙芝居       □映画       □氷・焼きいも屋
  □その他:________________________________
        ________________________________





第2部 戦争体験
  
  
●集団疎開先の食糧事情
  
  □疎開当初は主食に限り満足できた                              
  □当初から食料は主食・副食ともに乏しかった
  □食糧事情は昭和20年4月ごろから急に悪くなった
  □疎開後期にはほとんど米は食べられなかった
  □汁ばかりの雑炊をよく食べた(飲んだ)
  □先生が食料調達に奔走していたのを記憶している
  □水田で“たにし”を採って“たにし汁”にした
  □イナゴを採って佃煮にして食べた
  □カエルを焼いて食べたことがある
  □ヘビを焼いて食べたことがある
  □スズメを焼いて食べたことがある
  □野草を煮て食べたことがある
  □ドジョウを食べたことがある
  □落ち穂拾いをした
  □米の代わりにジャガイモ・さつまいもをよく食べた
  □米の代わりにカボチャをよく食べた
  □すいとん汁をよく食べた
  □胃腸薬“わかもと”を食べたことがある
  □女子がお手玉をほどいて中の小豆を食べるのを見た
  □絵の具をなめたことがある
  □赤チンや目薬も口に入れたことがある
  □食べ物の絵を描いて空腹を紛らわせた
  □級友と食べ物の話ばかりしていた
  □とにかくいつも腹を空かせていた
  □その他:________________________________
  ________________________________
  
  
●空襲翌日の情景・心境
  
  □ただただ恐怖におびえていた
  □とりあえず生き延びたことに安堵した
  □朝になり、あたり一面の焼け野原を見て呆然とした
  □焼け焦げた無残な死体を見て衝撃を受けたが、やがてその光景にも慣れてしまった
  □家を失い途方にくれた
  □家族:________________を失い、悲しみに打ちひしがれた
  □家族:________________とはぐれ、不安だった
  □日本は戦争に負けると思った
  □これからどうやって生きていくかしか考えられなかった
  □その他:________________________________
  ____________________________________
  
  
●陸軍内務班で受けたシゴキ・リンチ
  
  □往復平手ビンタ
  □拳骨殴打
  □上靴ビンタ(スリッパで殴る)
  □帯革ビンタ(ベルトで殴る)
  □編上靴の鋲が打ち付けてある靴底で殴る
  □対抗ビンタ(兵隊同士を向き合わせ、互いに殴らせる、手抜きをすると延々と続く)
  □食事抜き
  □バケツ下げ(満水のバケツを両手に直立不動)
  □自転車漕ぎ(両脇の机または寝台に手をついて体を浮かせ、自転車を漕ぐように足を
    グルグル回す)
  □セミ(柱にしがみついて「ミーン、ミーン」と鳴く)
  □ウグイスの谷渡り(寝台の下をくぐり「ホーホケキョ」、次の寝台を飛び越えて「ホー
    ホケキョ」と鳴く)
  □その他:________________________________
  ____________________________________
  ____________________________________




第3部 戦後から今日まで
  
  
●就職のため,郷里を離れる時の心境
  
  □希望に胸をふくらませていた                                  
  □精一杯がんばって早く親孝行しようと思った
  □一旗揚げてやろうと意気込んでいた
  □地元には仕事がなかったので仕方なかった
  □地元にはやりたい仕事がなかったので仕方なかった
  □集団就職で友人たちと一緒だったので不安はなかった
  □都会にあこがれていたのでうれしかった
  □単身での離郷なので不安だった
  □家族との別れがさびしく、辛かった
  □友人との別れがさびしかった
  □その他:________________________________
  ____________________________________ 
  ____________________________________
  
  
●子供(たち)が小学生のころの夕食・団欒の思い出
  
  □当時は一家揃って食べることが多かった
  □皆で語らいながら楽しく食べた
  □食事の作法などでよく______________を叱った
  □食事のときは必ずテレビを消した
  □晩酌はビール______本、日本酒______本、ウイスキー______杯
  □子供たちの食事風景は今思い出しても微笑ましかった
  □当時から仕事で帰りが遅く、妻を相手に一人で食べることが多かった
  □食後は家族揃ってその日の出来事を語り合った
  □トランプやゲームを楽しんだこともあった
  □団欒というより、家族揃ってテレビを見ているだけだった
  □家が狭く、いつも顔をつきあわせていたので、家族関係が濃密だった
  □その他:________________________________
  ____________________________________
  
  
●回想:子供(たち)について今思うこと
  
  □自分なりにがんばってきたつもりだったが、家族の生活を守るためにも仕事を優先させ
    結果として親らしいことを十分にしてやれなかったかもしれない
  □とにかく食べていくことに精一杯の時代で、子供たちには何もしてやれなかったが、
    今や親となった彼らが、私たちの苦労を少しでも察してくれたらうれしく思う
  □私自身、子供たちに親として、人間として広く大きな背中を見せてきた自信はないが、
    また違った意味で困難な時代を生き抜いていく孫たちのために、親として人間として、
    頼れる存在であり続けて欲しい
  □その他:________________________________
  ____________________________________
  ____________________________________
  ____________________________________




“新聞紹介”へのリンク   “資料請求”へのリンク   トップページへのリンク